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学振 DC2の申請書を書くときによくやってたこと

今日付けで特別研究員の科研費交付内定のお知らせメールが大学から届いたけれど,これって金額発表されんのか?
取り急ぎって書いてあったからまた連絡くるのか,なあ?

やっぱりアドバイスになるようなことを書けそうにもないので,記録程度に当時思ってたこととか今思い返せることを書き連ねていくことにしよう.


それはともかく,折角なので本当は毎日少しずつ学振のことを書こうと思ってます.3年間,申請書を書き続けて何を考えて申請書を書いていたかを思い返してみてリストアップしてみようかなと.
あくまでも私が個人的に思ったこと,やってみたことであってそれぞれのスタンスを崩すためのものではありません.気に入ったところだけ掻い摘んで欲しいと思います.
セルフサービス.


・とにかく何度も書いてみて何度も読んでみる

勉強の仕方のようにそれぞれこれまでの経験上やり方というものがあると思うが,私の場合は研究計画のような自ら計画して計画書として書き上げる場合は実際に文字に起こしてみるのが良いという結論.
3年間申請し続けたが,すべて研究題目は異なっていて3年目は特に自分がやりたい・やれるであろうことを軸にして研究計画を組み立てたので最も自分の意思で研究計画を練った感覚が強かった.

第一に,自分が思うように何でもいいから嫌がらずに申請書を埋める.
2回目,3回目になると書くこと自体が嫌になってくるので,書かなきゃ始まらないしとにかく書く.
きっと書いたらいいことがあると思い込む.きっと頑張ったらいいことある.
誰も褒めてくれないし,誰も大変だねなんて言ってくれないけど,それでも書く.
自分で書くと決めたなら,最後まで書こうと心に決める.

第二に,何度も読み直してみる.できるだけ頭を空っぽにして.先入観をなるべく捨てて私は音読する.
私は誤字脱字などの自分の書いた文章を校正するのが非常に不得意(間違っていないと無意識に思ってしまう)ので,音読するようにしてる.そうすると,一言一句間違えずに読み上げることになるので,案外間違いに気づいたりする.

第三に,行き詰ったらいろんなものを読んでみる.
先輩方が学振を勝ち取った申請書や協力してくれる先生の科研費の申請書,たまにインターネットでも申請書を配ってる人がいらっしゃるし,さまざまな申請書を読んでみる.
インターネットなどで申請書の書き方などを紹介してくれている先輩方のサイトを巡ってみる.
何もしないより,何かした方が私は楽なので良いと言われていることは試してみる.

ちなみに私の去年の申請書はver.7まである.しかも,今ファイルを開いてみるとver.1は現在までの研究状況の半分と業績のページしか書いてない.
余程,書くのが嫌だったんだろう.


・考えのアウトプットを繰り返す
考えをアウトプットする誰かとの議論.
議論の質が高いことはもちろん望ましいけれど,議論は何も相手の意見から学ぶだけではなくてこちらの意思を言葉にしてアウトプットするという作業で考えを整理できるはず.
毎日同じ申請書と睨めっこして,何が正しいのか正しくないのか,何がオリジナリティなのか,迷走し始めたら何かしら整理することをお勧めする.
専門的なことは教授や助教授,協力してくれる先生に頼ったり,運よく博士課程の先輩なんかがいたらたくさん話を聞いてくれるだろう.私は先輩がいなかったから,煮詰まりながら恥もプライドも捨てて一番面倒見てくれる隣の研究室の先生にお世話になってました.
→なぜ?いつもいたし,夜遅くまでいたし,前だけど学振出身だし,分野はちょっと違ったけど誰にも見てもらえないよりとにかく見て欲しかったから.

議論のほかに,申請書の方向性やら芯を確かめるためにもよく真っ白な紙にいろんなことをメモしてた.
こういう問題がある ← 解決するためには ← 現在わかっている先行研究 ← たとえばこうしたらどうだろう?
とかそんな感じでどんどん繋げていってわかってることとわかっていないことを明らかにする(こんなかんじ).



・"申請書"の意義を考える
どんなに素晴らしい考えがあったって,実は社会的に重要な研究であっても,学振では最初の申請書でしか評価されない.それって,申請書自体にどれだけ今の自分の精一杯を詰め込めるかだと思う.
私は結果うんぬんより書くからには無駄に書きたくない.今の私の実力はこれだ,と申請書に詰め込む.
論理的にきっちりと現実可能な研究計画であって,その上で「この研究面白そうだな」と自分の分野に詳しくないであろう審査員に思ってもらえるように書けることが望ましい,らしい.
私は自分の研究を自分が思うよりも過大評価して書くのが嫌いなので,このあたりの葛藤がすごかった.
大げさに書く=インパクト、ではない.現実味がある計画書が堅実で,それでいて若手ならではの新鮮さがほしいんだろうなあとは思う.
研究計画を美しく見せるのと,申請書自体を美しく見せる.きっと感じとしては見せるよりも魅せるのだろう.

何より,一年に一回,自分の研究の方向性や現時点の研究を再考するにはもってこいだ.
自分のために自分の研究を整理する.この過程はとても大事だと思う.
一年に一度大掃除をして整理整頓しても,よく方向性を見失う私だけれど.
みなさんはどんな気持ちで申請書に取り掛かっているのか想像もつかないけれど,無駄には絶対しないでほしいな,私はやっぱりその人が必死に取り掛かって書き上げた申請書が意義のあるものだと思います.

しかし,不思議だなあ……本当,ガチで泣きながら書いてる人って少ないのだろうか.
それくらいキツイと私は思うけどなあ……(確かにさすがに本気で泣きながら書いていたのは3年目だけ).


すごい!見事に何も役に立ちそうにもなかった!折角,ここまで書いてみたし,そのまま保存する.

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